抹茶フラペチーノ

エスプレッソショット追加で

11122017

地上波で『シンゴジラ』をやっていると聞いて、昔書いた雑文をひっぱり出してきた。

んでもってやっぱり石原さとみ演じるカヨコについてごちゃごちゃ言われてたんで、『シンゴジラ』の感想で過去の文章から使えそうなところだけ抜き出してみた。

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日本のドラマあるあるの芝居がかった(舞台がかった?)ギトギト演技がほぼなく、セリフも場面も小気味いいテンポでさくさく展開するストレスフリーな映画。正体不明の巨大生物が関東圏でばっほばっほのたうちまわっている。それなりに駆け足で話が進む。

初期の段階で俳優陣の豪華さに脳震盪を起こしつつ、もうこりゃひと安心だとソファでごろ寝してたら石原さとみ、というかカヨコ・パタースンのがっかり感がひどい。石原さとみを起用したのはぶっちゃけ判断ミスだと思う(石原さとみごめん)。純ジャパが純ジャパ認定する純ジャパ好みの純ジャパな容姿だよね……純ジャパっぽい日本人の外見で日本語も英語もそれなりに話せる俳優を使うなら、石田純一の娘・すみれか祐真キキ(ヒーローズ・リボーン等に出演)あたりが妥当なんじゃないか?

※「純ジャパ」は日本産まれ日本育ちのザ・日本人な外見で、海外には旅行でしか行ったことがない、もしくはパスポート自体作ったことがない人をイメージしてください。「外国人」と聞いてまず想像するのが名探偵コナンのジョディ先生的な金髪碧眼で片言の日本語しか話せない「ガイジン」で、中国人とか韓国人とか、フィリピン人とかナイジェリア人とかチリ人とかロシア人とか、指摘されてからじゃないと思いつかないタイプの人。

石原さとみが日系三世を演じている、と聴いたのは『シン・ゴジラ』が公開される前だった。まず疑問に思ったのが、英語のレベル。次に気になったのが、純ジャパがアメリカ生まれアメリカ育ちの日系人を演じることについて。ピクシブでタイバニの二次創作を漁ってたときから、虎徹さんがさも純ジャパであるかのような描写をあっちこっちで目にしていたので(てか公式アニメの次回予告でもそんな扱いだし)、純ジャパの人がイメージする「日系人」て「純ジャパ」と区別つかないレベルなんだな、とは思ってた。私も日系人のエキスパートではないけど(研究対象違うし)、少なくとも日常会話レベルで使う基本的な英単語やフレーズを知らなかったり、アメリカ生まれアメリカ育ちのネイティブが知らなかったら日常生活に支障をきたすような一般常識を知らずに「バニーちゃん、物知りだな!」って褒める虎徹さんの描写は奇異だと思うし、それ、虎徹さんが知らなかったんじゃなくて作者の貴方が知らなかった(&珍しがった)だけでは? と小説やら漫画やらの投稿者に心の中でツッコミを入れつつそっとブラウザバックすることは多々あるわけで。要は自分と同じ「日本人」っぽいってだけで、純ジャパも外国で生まれ育った日系人も全部「日本人」扱いしちゃう傾向が純ジャパの人にはある。

ところで、同じ「日本人」的外見であるにもかかわらず、なぜだか帰国子女は被差別民枠のガイジンとして扱うっつークソカルチャーが日本の小学校やら中学校やらにある。大学受験で英語が勉強必須になってくるとこのクソカルチャーはやや緩和されるっぽいんだが、私はちょうど帰国子女の数が増える前&海外ホームステイが流行る前の帰国組だったのから、このクソカルチャーの恩恵というか、被害を受けた記憶が多いにある。英語の授業の時に純ジャパ式英語の発音で話さないのを馬鹿にされたりとかね。頼むから勉強歴数か月の自分らと比べてくれるな、と思う(初心者には初心者なりに、中級者には中級者なりに乗り越えるべき課題が異なるのだから)。これがどこか「白人なんてテレビでしか見たことない」レベルの地方の農村ならまだ諦めもつくんだけど、予定の電車に乗り遅れても5分以内には次の電車が来るような東京の私立校ですらこの有り様なんで、純ジャパの「え~? そんなことないよ~! たまたまダメなクラスに当たっちゃっただけじゃないの~?」って世迷言は信用ならない確信がある。ずいぶん前にツイッターで、ヘアサロンのお客さんがスタッフ(高校時代のいじめの加害者)に「あんたは自分のやったこと忘れてるだろうけど、私は一生許さない」って激怒・お金だけ払って立ち去った話が大量RTされてたけど、あの心境めっちゃわかるわー。当事者は往々にして自分のやったことを忘れてるし、傍観を決めこんでいたサイレント・アビューザーも自分たちが黙って傍観することでいじめを容認してたことなんか忘れてるんだよね。なんにせよ、貴方の学校で本当に帰国生いじめがなかったのならそれはそれで良いことだ。

話が過去の個人的な恨み言にだいぶ逸れたが、逸れたついでにもう一つ。大学生・社会人になると、今度は「海外在住経験」なるものに対する羨望と嫉妬のようなものが純ジャパの人にはあるらしくて(都心の人間特有かもしれんが)、やたらと「えっ、すごいねー! ちょっと英語で自己紹介してよ」と見世物パンダにされるか、何かにつけて「お前は日本の常識が分かってないな」と勝手に劣等感に苛まれている諸先輩方(笑)の自尊心を満たすためのサンドバッグにされるんだよなぁ。これがどこぞのFラン大学と馬鹿にされてるような教育機関ならさもありなんと諦められるんだろうが、首都圏のAランですらこの体たらくなので以下略。親の仕事でしたくもない転校を迫られ言葉の通じない異国の学校に放り出された挙句現地の生活に慣れたと思ったらまた転勤で別の地へと引きずり回される生活が苦痛でなければ帰国生になるのも悪くないよ、と放言できるが、現実問題、現地校と日本人学校の簡易版ダブルスクール状態だわ宿題大量にこなさなきゃだわ覚えるべき言語の量も二倍だわなので「ヒトの苦労も知らんと呑気なこと抜かしよってからに」が率直な本音やね。摩訶不思議な力でいつの間にやらあ~ら不思議・バイリンガル!になったんじゃなくて、必死こいて勉強した賜物なんだどね。どうもそのへんの想像力がモノリンガル・ジャパニーズな純ジャパの皆々様方に置かれましてはお働きになりませんようで。ええ、はい。

(とはいうものの、「純ジャパ」カテゴリの人も帰国子女と同じで十人十色なんだよね。完全に理解できてないクソヤローもいるけど、転勤族の苦労だったり語学学習の大変さだったりを知ってる理解者もいる。大人になってからの方が、話を分かってくれる人に出会う機会が増えた気がする。あと妙な羨望やら劣等感やらを向けてこない、それこそフッツーに普通の対等な人間として接してくれる人が増えた。ほんと、歳とって良かった。)

また話しが脇に逸れた。カヨコ・アン・パタースンの話や。

石原さとみの起用は明らかに人選ミスだって話だけど、ざっくり言って問題点は2つ。

1:純ジャパの演じる日系人は、所詮純ジャパの想像するなんちゃって片言ガイジンとしての日系人像の域を出ない。純ジャパ的妄想の域を出ない、と言い換えても良い。

2:緊急事態で少しでも時間を節約&議論を進めたい設定なのに、一回聞いただけでは何を言ってるのか分からない英語なのでイライラする。(ネイティブの発音を再現できない問題)

 

1に関しては「ホワイトウォッシュ問題」と言えば、通じる人には通じるんではないか。通じない人は自分で調べてくれ。

シンゴジラは「ホワイトウォッシュ」ならぬ「純ジャパウォッシュ」の映画で、アメリカですでに活躍している日系アメリカ人の俳優にオファーを出してカヨコ役を演じてもらえばいいものを、わざわざ純ジャパの俳優にアメリカ人の役をやらせている。あれかな、やっぱジョージ・タケイみたいなガチの日系人(しかも男性)にカヨコポジで演じさせようとすると、カヨコの荒唐無稽さが際立っちゃうんだろうな。米軍基地の軍人や海外からの派遣調査団にはちゃんと英語の話せる白人俳優(だが黒人やヒスパニック等の非白人系はいない…)を起用しているにも関わらず。んで、前述した個人的恨みつらみとも関わってくるんだが、「Where's ZARA?」の「空気の読めない自分勝手な」カヨコ像って、まんま純ジャパの考える「空気の読めない自分勝手な」帰国生像とほとんど変わらないんだよね。より厳密には「空気の読めない自分勝手な」(ガイジンとしての)カヨコと、「空気の読めない自分勝手な」(ガイジン気取りの)帰国子女、になるんだろうか。もしこれが石原さとみじゃなくてベッキーとかホラン千秋とか、白人と日本人のハーフの俳優だったら、こういうセリフは言わせないと思うんだよね。あの場で「Where's ZARA?」がトンチキ発言だってのは誰が見ても明らかだし、アメリカ人役の白人系俳優にこんなアホなセリフ言わせたら「おまえアメリカ人馬鹿にしてんの?」って言われても当然だと思うんだけど、あーらふしぎ。純ジャパ顔の石原さとみが「Where's ZARA?」って言うと、途端に笑いを狙った「ギャグ」ってことになるんだな……それがレイシズムの一種だとも知らずに。あーあ。ギャグの構造としては「空気の読めない自分勝手な」ガイジンが場にそぐわない発言をして観客を笑わせる、ってもはやギャグとしてすら機能しないレイシズムに満ちたシーンなわけだが、演じてるのが石原さとみだから一瞬「空気の読めない自分勝手な」帰国生の発言っぽくてギャグに見せかけられると思われてるんだろうね、オエーッ。あるいは、いっそガイジンとか帰国生とか抜きにして「空気の読めない自分勝手な」若い女、ってことでも良いかもしれんね。こんな非常時ですら若い女は自分の服の汚れだの着替えがないだのファッションのことしか考えてない、みたいな。

2に関して。ネットで検索すると「石原さとみの英語は普通の日本人よりうまい!下手くそとか言って馬鹿にしてるのは外国かぶれの発音厨だけ!」みたいな話を見かけるんですが、いやー日系アメリカ人の役をやるのに「普通の日本人よりうまい」レベルじゃ全然、ダーメダメでしょ…語学留学かなんかで渡米してる日本人学生役ならいざ知らず……。

映画を観る前に石原さとみのインタビュー記事を読んで、すごく真面目に役作りに取り組んでいるのは知ってたので、石原さとみの英語力には期待してたんだわ。で、ほぼ想定通りのレベルではあったし、おお頑張ってんじゃん、という気持ちにもなった。だけどどう考えても英語ネイティブの日系アメリカ人のレベルではない。すくなくとも「3世」では絶対にない。アメリカで日系人がどういう扱いを受けてきたか、ということも考慮すると、カヨコのような純ジャパな容姿を持った日系3世が「大統領特使」なんて要職に就けるのかすらも怪しい……「父は上院議員で名家の出身」かつ大統領特使に任命される立場で「40代で大統領職に就くことも考えている政府要人」であるならば、カヨコは「祖母一人だけが日本人で他の親族は全員白人系」でなければ説明がつかないレベルの日系人、というか、もはやそれ日系人ですらねーよレベルで白人と見分けがつかない外見でなければおかしいというか……(そうなると「日系」とレッテルを貼ることすらおこがましい気もする)。アメリカは1945年の終戦後もしばらく日本人の移民流入を法律で禁止していて、当時アメリカに移り住めたのは米軍兵士と結婚した日本人女性にほぼ限られていたんですね。1940年代後半と言えば、カヨコの祖母が結婚・出産してるくらいの時代だと思います。戦前からアメリカに住んでいた日系移民は戦時中は収容所に隔離されていたし、戦後は戦後で厳しい人種差別に苦しみながら白人がやりたがらない仕事、俗にいうmenial laborで生計を立てる人々が中心だった。そんな状況で、カヨコの父が上院議員になれるはずもなく(仮に日本人として)。「名家の出身」も何もないわけだよ。だいたい「名家」ってなんだ? 祖母の祖先が皇族か公家だったとか??

カヨコの政界での立ち位置やら親族の設定やらを考えると、石原さとみのザ・純ジャパな外見にそもそも無理がある。仮に二親等以内の親族は全員日系ですって設定を看過して、日系人の話す英語に「日系人特有の訛り」があったとしても、どう考えても石原さとみレベルの英語力では太刀打ちできない。「そこらの純ジャパよりちょっと上手い」レベルの英語力では。なぜなら、その「日系人特有の訛り」すらも再現できていないから。だから「訛りのない英語なんてないんだ!」って見苦しい言い訳を見るたびに、もうちょとマシな言い訳考えろよ…と思ってしまう。石原さとみの英語は純ジャパとしては良い方だけど、発音・呂律・会話のスピードといった点で「カヨコ・アン・パタースン」という英語ネイティブの日系アメリカ人を演じるのに不適格なので。

ほんと、カヨコ役でなければなぁと返す返すも残念に思います。

厳密に言えば、石原さとみの英語力・演技力の問題ではなくて、キャストの人選担当、演出担当の側の問題なんだけどね…以下、上記に書き忘れたことをちらほらと。

カタカナ語をなんでもネイティブ風の発音にすれば「日本語を喋ってるガイジン」になると思ったら大間違い(例:パーセントがpercent)
・なぜか独り言が日本語(おいおい英語が母語なんじゃないのか)
・一発で何を言ってるのか分からない発話形態はネイティブとして発音がどーのこーの以前に映画のシーンとしてまずい。
・飛行機内(?)で「40代で大統領目指す云々」の話をしてるときの会話スピードが遅すぎ。純ジャパが会話に参加してない状態でネイティブ同士があんなにゆっくり喋るのは明らかに変。大学受験のリスニング問題かよ。しかもご丁寧に二回も繰り返してくれるやつ。石原さとみの会話スピードの遅さを誤魔化すために、相手役の人に超低速で話してもらってるのが見え見え。

それから『シン・ゴジラ』の日系アメリカ人表象とは一切関係ないんですが、冷凍されたゴジラゴジラが動き出したら3000有余秒で国連軍が即座に攻撃ってあれ、国連憲章敵国条項のこと指してるのかね? ゴジラの攻撃で東京界隈が瓦礫の山になるの、第二次世界大戦中の東京大空襲のトラウマ追体験っぽいな~と思ってたんだけど、ゴジラは日本そのものなのかな…

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過去の純ジャパ勢に対する私怨がすさまじいのは置いといて、いま『シンゴジラ』を観てもこのへんのポイントはめちゃくちゃ引っかかるんだよなあ。人間描写がやれリアルだやれ現実的だって持ち上げられてるけど、カヨコ・パタースンの描写に関してはやはり純ジャパウォッシュされた「純ジャパの人にとってのリアル(という名のファンタジー)」でしかないわけで、有体に言えば誰だよこんなトンデモファンタジーぶちこむ許可出したの、と突っ込まざるを得ない。他をがっつり作りこんでるだけに。ファンや二次創作の界隈ではウケてるから大衆性が高いというか通俗性の高いステレオタイプな人物造形ってことで商業的に大成功なんだろうけど、純ジャパの排他主義でsageてから「でもガイジンだからしかたないよね」って上から目線のお情けでageる精神がよくわからん。閣僚の男女比を現実の比率に合わせるだの、現実の国会議員に取材してリアリティを求めるだのしてるんだから、日系人の登場人物だって現実の日系人に取材申し込むくらいはしても良かったんじゃないのかね? 取材したならしたで、もう少し踏み込んだ取材をした方が人物像に深みを出せたのではないか。(ただこの辺も、石原さとみ個人が取材して演技に深みを持たせたところで、脚本自体がオソマツな描写をしていたんでは、いくら石原さとみが頑張ってもへぼい「カヨコ」にしかならない。だって脚本の時点で描写がへぼだもの。) 他の部分は気に入ってるだけに「カヨコ」が残念でならない。

イヴァンカとカヨコ並べて面白がる向きもあるけど、もし純ジャパの登場人物レベルでカヨコのリアリティも求めてるんだとしたら(仮にそんなことがあれば、の話なんだけど)、カヨコは実力もないのに近親者のコネと権力で今の地位を手に入れたお飾り官僚として「リアルに」描かれたってことになるだろうし、「Where's ZARA?」って発言しちゃうくらいには脳内お花畑だから「40代で大統領職~」って本気で言っちゃうおバカちゃんでも仕方ないのかな。とかなんとか、神経質なガイジンのしみったれた話なんて、純ジャパの視聴者にはどうでもいいか。

11092017

ぐげげ、仕事でやらかしてしまった…というか、何度かやらかしていたのを多めに見て貰っていたところ再度やらかしたために厳重注意という、要は自業自得のシチュエーションです。ぎひい。怒られたことはそんなに気にならない(ショックではある)けど、先方を怒らせてしまったことが悲しい…うう…でも叱って貰ったから次は失敗しない…たぶん…失敗しないはず………

おつむユルユルな感じでちゃらんぽらんとここまでやってきてしまったのでそのツケが、ここで…きてる……うぎゃあ……ビジネスマナーならぬ院生マナーを…調べねば……

あと計画性なしに行き当たりばったりで行動するのをやめ…やめる……やめよう………

たぶん問題点の1つは、自他の区別があまりついてないというか、自分が相手のこと一方的に長いこと知ってる(&一方的に興味持ってる)から向こうも私に興味あるよねっていう、うわ、改めて言語化するときついなこれ。とりあえず「んなワケねーだろバーカ」なお花畑状態の思考回路を改めないとまた同じ失敗繰り返すでこれ。ちゃらんぽらんなぬるま湯を脱して暮らす訓練しなきゃ。

11082017

気がつけばはやひと月と少し…

お先真っ暗な将来に打ちひしがれる日々…

某大学にしかない資料があるんでアメリカに行きたいんだけど、グラントが取れるんだか取れないんだかで不安じゃ〜

いっつも締め切りギリギリ!つらい!!

締め切りといえば博論関係の提出書類が近々あるのを思い出した。なぜこのタイミング。でも思い出して良かった!やれやれ…

09252017

学会で会った人にメール送る時どんな文章書いたらええんや……と検索してたらこんな記事を見つけた。2012年10月31日付「はじめて学会に参加する人のための7つのtips」

はじめて学会に参加する人のための7つのTips - 新・むかろぐ

なにこれこういうの本当にありがたい。参考にさせていただきます。

院に進学して数年になるものの、自分の名刺を忘れて他人様の名刺をもらいまくるというしょーもないことをしてしまったので…次回こそは…名刺を……持って行く………ぞ…

09232017

情報収集する時に役立つ検索エンジンのリスト、メモも兼ねて。

Google Scholar (jp版) https://scholar.google.co.jp/

Google Scholar (com版) https://scholar.google.co.jp/

国立情報学研究所 CiNii Articles http://ci.nii.ac.jp/

JSTOR (所属機関ごとにログイン?) https://www.jstor.org/

HOLLIS (Harvard Univ Libの検索エンジンhttps://hollis.harvard.edu/primo_library/libweb/action/search.do?vid=HVD

ProQuest (所属機関ごとにログイン?)

Waseda WINE (早稲田大学図書館の検索エンジンhttps://wine.wul.waseda.ac.jp/

09162017

最近の進捗。

ひさびさにPSPを出して、MHP3をプレイしている。懐かしい…。ギルドカードを確認したら、最後にプレイしたのは3年前らしい。ひえー、もうそんなに経つのか!

あまりにギル不足なんで手慣らしに村クエでアシラ上位を狩り、お金を貯め、ちょいちょい他のモンスターも狩りながら装備を充実させている。理由は忘れたけどネブラUを部分的に作って、あんまり片手剣に必要なスキルない?かな??と思い、これからナルガUの装備を揃えるためにナルガ亜種を狩ろうと考えている。とりあえずナルガ下位で何度か練習して、ナルガ上位、ナルガ亜種、と対策するつもり。

09102017

久々の更新。というのも、出張兼旅行でポルトガル(リスボン)に行ってきたからなのでした。疲れが取れきれるまでにだいたい二日かかった。それにしてもすごいなポルトガル。また行きたいぞポルトガル。次はナザレとポルトに行きたい。
今回旅先に持って行って良かったのは、
・小型のメモ帳&ペン
・文庫本(1冊)
・ビタミン剤
・デンタルフロス
・めぐリズムのアイマスク(無臭)
の5つ。

・小型のメモ帳&ペン
持ち歩き用のカバンに入れても場所を取らない、小さくて薄いメモ帳がオススメ。滞在するホテルの住所や電話番号、渡航先の国にある大使館の住所・電話番号、日本の連絡先(実家・職場)、緊急時の連絡先(旅行保険・クレジットカードの会社のもの)を書いておくと何かあったときに便利だし、安心感がある。最初はプリントアウトしようかと思ってたけど、意外とかさばるし重いからやめた。

・文庫本(1冊)
海外の空港でWi-fiが遅いor繋がらないときの退屈凌ぎにうってつけ。とくに短編集が良い、飛行機の中や乗り継ぎの待ち時間に読むのにちまちま読むのに向いてるから。
今回の旅には『オリエンタリズム』だけ持ってくつもりだったのに、なぜか出立直前に永井荷風『あめりか物語』(読みかけ)をリュックに突っ込んでしまい、思いがけないことにこれが意外とよかった。ペーパーバックと違って文庫は小さいから、リュックを開けなくても出し入れできたので、結局飛行機の中でも『オ』は読まないまま『あめりか』ばかり読むという。うむ。旅にもっていくなら文庫が良いぞ。

・ビタミン剤
普段から飲み慣れてるマツキヨのサプリを二種類、ビタミンB群とCのサプリを持って行った。レストランの食事がけっこう多くて、なんだかんだサラダを頼まずに主菜(肉とか魚とか)を食べておなか一杯、デザートもお願いせずに残りのワインをだらだら飲んでお会計……となりがちだったから、ビタミン不足解消に良かった。肌荒れも最小限で済んだ気がする、と言いつつも、でっかいニキビをひとつこしらえてしまいました、とほほ。

・デンタルフロス
大体の口臭の原因って、実は歯と歯の間に残った食べカスなんではないかと。で、お気に入りの歯磨きセットとか旅行用のリステリンを持ち運ぶよりは、デンタルフロスの方が軽いし場所とらないし、毎晩ささっと簡単に食べカス除去できるし、歯磨きチューブやリステリンのボトルをいちいち液体袋に出したり入れたりしなくていいから楽ちんなんじゃないかと。このへんは個人の好みにもよるけど、デンタルフロスは今回持って行ってすごくよかった。デンタルフロスやって現地で適当に買ったミント味のガム噛めばばっちり口臭予防できる気がする。

・めぐリズムのアイマスク(無臭)
滞在先のホテルでぐっすり眠るための必需品かつ、飛行機の中で寝る際のアイマスク代わりになる。香り付きでなく「無臭」を選んだのは、まわりに人がいても迷惑にならないから。

今後、遠出するときのためのメモとして。

08272017-2

明日の出立に向け、荷物を鞄に詰めている。
旅先に持って行く本は1冊にした。選んだのはサイードの『オリエンタリズム』。たぶん英語中心の生活になるから、頭を英語モードにしておくために英語の本にした。本当は3冊持って行くつもりだったけど、最初の数日は仕事だし、後半は観光する予定だしで諦めた。たぶん、そんなに読んでる余裕ない。ちなみに最終候補に上がってた他の本はカズオ・イシグロ『遠い山なみの光』と夏目漱石『それから』。
他のはてなの滞在記・旅行記読んだり、現地の交通事情について調べたりしてるけど、ぜんぜん準備ができてる気がしない。仕事の予習も足りてない。果たして無事に生き延びられるんだろうか。初めての国に行くのは緊張する。しかも英語通じるのか不明だし…。

08262017

フランコ・モレッティ『遠読ー〈世界文学システム〉への挑戦ー』を読み始めた。
やべー何言ってんのか全然わかんねー。しかし、分からないけど分からないなりに読み続けるのが研究においてもっとも重要な姿勢なのであります、はい。……うう、逃げたい。

レポート書くために読む学術書・専門書って、普通の雑誌とか小説、漫画とはちょっと違った読み方のコツが必要なんだよね。

▼学術書を読むための3ステップ
1:本の目次を確認する
2:参考文献・注釈を確認する。
3:まえがき・あとがきを確認する。

実はこの3つを最初にやるだけで学術書・専門書を読むのがかなり楽になるんだけど、案外知られてなかったりするようです。そろそろ卒論書きはじめなきゃって大学3・4年生はこれを覚えておくと調べ物が楽になるし、効率も上がると思う。

1:本の目次を確認する
まずは、自分の読もうとしてる本が全部で何ページなのか、何章構成の本なのか、といった点を確認しよう。あと何ページ読めばこの苦痛が終わるのか、という目安になるので非常におすすめ。*1また、今日は一章分しか読まないけど、明日は二章分読もう、と予定を立てるのにも便利。
たとえばモレッティ『遠読』の場合、第一章:60ページ、第二章:26ページ、第三章:38ページ、第四章:20ページ、第五章18ページ…と第一章に比べて第二章以降が極端に短いので、今日は第一・二章だけ読むけど、明日は同じ時間で第三・四・五章が読めそうだ、と時間の使い方を予測することができる。

2:参考文献・注釈を確認する。
学術書・専門書によって、参考文献・注釈のリストを末尾にドーンと一括で載せている本と、章ごとに小分けして載せている本とがある。*2参考文献・注釈のリストは一応確認した方が良いけど、時間がなかったら読まなくてもOK。*3
モレッティ『遠読』で言えば、第一章が全部で60ページあるけど、最後の10ページはほぼ参考文献・注釈一覧なので、実質50ページしか読まなくて良い。この時点で、義務的に読まなきゃいけない第一章のページ数が約20%減ったことになる。第二章は全26ページ中9ページが注釈なので、実質約3分の2、17ページしか読まなくていい。

3:まえがき・あとがきを確認する。
なぜこの二つを最初に確認するかというと、筆者or翻訳者がその本の主旨について書いている場合があるから。「本書の目的」、各章の要約、筆者(原著者)の主張や結論がさらっと書かれてたりするので、それを踏まえて本を読むと、筆者がどんなテーマについて、どんな風に説明しようとしているのかが理解しやすくなる。その本を読むスピードも上がるので絶対にやった方が良い。
再度、モレッティ『遠読』の場合。『遠読』には「まえがき」はないが、翻訳チームの代表者として秋草俊一郎氏の書いた「あとがき」がある。氏によれば、『遠読』は「モレッティが九〇年代から、二〇一〇年代にかけて発表してきた論文十編を集成した」*4本で、独立した論文としてバラバラに発表されたものを一冊の本にまとめたものである。モレッティは『遠読』で、1920年代にイギリスで生まれたニュークリティシズムの研究手法「精読 close reading」に対し「遠読 distant reading」という方法を提唱している。「遠読」という名前は第二章にあたる「世界文学への試論」が初出。「世界文学という巨大なテクスト群にアプローチするうえで、原語でテクストを丁寧に読むのをやめて、翻訳や他言語・他地域の専門家の研究をもとにして分析する」*5研究スタイルで、「精読」と「遠読」の研究手法をうまいことバランスよく組み合わせて文学研究しようぜ、というのがモレッティの主張である。
ただし、この「遠読」の手法にはマイナス面・デメリットもあって、(1)「精読」を中心とした伝統的・保守的な研究をする層からの拒否感がすごい、(2)充分な知識量・情報量がないと、うっかり「非西洋圏の「文学」の分析に西洋のパラダイムを適用」するといった問題点がある*6、(3)「遠読」に向いてる作品と向いてない作品がある*7、といった欠点がある。

……と、こんな風に『遠読』の「あとがき」に書いてある「遠読」の概要を理解してから『遠読』の第一章を開くと、本文を読み進めるのが楽になるようなならないような。ああ~~~学術書じゃなくて小説が読みたい。

*1:みんながみんな、本を読むのが好きなワケじゃないし、課題だからと割り切って我慢して読めるワケでもないのだ…。

*2:第一章の参考文献・注釈は第一章の最後に、第二章の参考文献・注釈は第二章の最後に、第三章の参考文献・注釈は第三章の最後に載せる……というパターン。

*3:ただし、この「読むか読まないか」の二択は賭けみたいなもので、読まないよりは読んだ方が、当然本に対する理態度は深まる。なので、レポートの締切が三日後で間に合わない!やばい!って時以外は軽く目を通した方が良い

*4:『遠読』p.326

*5:『遠読』p.329

*6:たとえば、Literatureの訳語が「文学」だからといって、英語圏における「文学」の定義が日本や中国における「文学」の定義と同じだとは限らない、ということ。日本語の「文学」と中国語の「文学」も、厳密に言えば定義が違うかもしれない。まったく異なる歴史や伝統、文化の中で生まれた「Literture」と「文学」を、同一の判断基準でもって分析・評価するのは無理があるよね?と「遠読」は批判されている。

*7:「遠読は、ある一時期に大量に採算されたテクスト群(たとえば「文学の屠場」で扱った初期英国犯罪小説など)を扱うのには適して」いるが、「少部数しか生産されず、社会のかぎられた層」にしか読まれず評価されない「「純文学」にはうまく当てはまらないケースが多いのではないか」『遠読』p.331

08252017

Game of Thrones S7E5: Eastwatchを観た。以下ネタバレ。

前回と比べて、かなり穏やかに物語が進行している。ざっくりまとめると、DaenerysがCersiに会うための材料作りに、JonがWhite walkerを一体捕獲してくるよって約束をして壁の向こうへ狩りをしに行った。その他、SamがWhite walker関連の文献を盗んでCitadelを出奔したり、Ser JorahがDaenerysのもとへ帰還したり、Ser DavosがGendryを連れてきたり、the HoundのおじさんがBrotherhoodのメンバーと一緒に捕まってたり、こまごました出来事もたくさんある。AryaがBaelish卿の部屋に忍びこんだの、完全におっさんの手の上で転がされてたね…Oh…これがベテラン政治家と新米暗殺者の差…! マジでBaelish卿が何をしたいのかが分からない。SansaとAryaに仲違いさせたいのか??? 謎。

渡航前のToDoリスト筆頭だった、図書館への本の返却を済ませた。借りてた5冊のうちちゃんと読んだのは2冊くらいだったように思う。たぶんまた借りるかも。ついでに滞在先で履く用のサンダルも買ってきた。ビーチサンダル型だけど底が厚めなので散歩もできそう。持っていく服は3日分にして、ホテルで洗濯する予定。キャンプ用の布バケツと無印の洗濯セットと、針金ハンガーがあれば良さそう。あとは本を何冊持って行くかが悩みどころ。

08242017-2

思いついたときに思いついた記事を書くぜ、ということで。
Game of Thrones S7E4: The Spoils of War 観ました。以下ネタバレ。

成体のドラゴン一頭であれだけ戦力差があるなら、そら三頭もいたら天下統一できますわなってくらいDrogonが強い。圧倒的。陸軍メインで海軍を自前で用意するのは難しいって時代なのに、飛行竜で空からかえんほうしゃされたら成す術もない…普通の弓矢効かないし…。そんでもってみんな大好きSer Bronnおじちゃんの勇姿が見られるよ! それからBrienneとAryaの模擬戦もテンション上がる。TyrionとかJonとか好きな登場人物が各国に散らばってるので、ドリームチーム作ってその集団に国を治めてもらいたい。でも一番好きだった人はもうシーズン1で死んじゃったっぽいんだよね…Syrio Forelって剣術の先生なんだけど…悲しい…。*1
そういえばIron Bankのおじさん、SHERLOCKのMark Gatissだね。他にもちらほら見たことのある俳優さんがいて、知った顔を見つけられるとちょっと嬉しい。Tywin LannisterとBolton家のLocke役の俳優さんたちはBBC版「そして誰もいなくなった」(2015)に出演してた気がする。たしか判事のおじさんと執事のおじさん。懐かしい…。
DaenerysとJon Snowが政略結婚して共闘・Cersiを倒したら面白いなと思ったけど、DaenerysはDrogoに操立ててるからな…。Missandeiの「NaathにはWestoros式の『結婚』という概念がありません。ですから『非嫡子』という概念もないのです」に対して、Ser Davosの「That sounds quite liberating(うろ覚え)」ってのが面白い。野蛮な民族・文化だと思ってた国の習慣が一周回って「解放的」っていう。もちろん社交辞令な部分もあるけど、Jonがbastard(非嫡子)だからStark家を名乗って北を率いることができない(家臣がついてこない)かも…と危惧してた側の人間としては、ちょっと羨ましいというか、憧れる部分もあるんだろう。あとから「やっぱアイツは本当のStarkじゃないから」とか言って造反される可能性もなくはないものね。あ~次回が楽しみじゃ~~

*1:どうもGame of Thrones Wikiによると、原作でもドラマ版でもSyrioの生死は不明らしい。ということは、今後の展開によっては実は生きてましたパターンもあり得るという事か。

08242017

三島由紀夫金閣寺』を読み終えた。最終的な感想は「うーんよくわからん」。私に三島はまだ早かったか…。
第八章で柏木が認識について語るところ、めっちゃ京極っぽい。南泉斬猫って響きに覚えがあると思って探したら『鉄鼠の檻』に載っていた。*1それから暗闇の中で発光する金閣寺の美しさは谷崎の『陰翳礼讃』。
ちゃらんぽらんに生きたいってモットーの所為もあるけど、『金閣寺』の「私」の苦悩がよく分からん。共感できるポイントをまだ発見できてないからだと思う。肉体と精神の不一致は分かった。現実の物質と思考によって作り出される理想像(イデアってやつ?)との不一致も分かった。女とのセックスに代表される「(世俗の)人生」から、「私」が金閣寺によって隔てられてるのも分かった。うーん、どこに共感すれば良いんだ。女(というか異性)と関係を築く(セックスでも、ただの会話でも良い)ことがなんで「私」にはこんなに大事なんだ。わからん。
三島がノーベル文学賞をほしがってた、という私の先入観もあるけど、『金閣寺』はキリスト教圏の読者が理解しやすそうな構造の小説だと思う。仏教用語やら日本家屋やら、歴史的な人物・出来事の名前みたいなディテールはともかくとして。絶対的な存在としての理念としての金閣寺を神、現実世界の物質性を伴った金閣寺をイコンに置き換えると、「私」は理念としての金閣寺と建築物としての金閣寺とを同一視し、更に神でありイコンでもある金閣寺との一体化を図ろうとしているのだが、イコンの金閣寺との融合を果たせない(金閣寺と一緒に焼身することができない)ために神としての金閣寺からも断絶されるって感じ。有為子(初恋らしき女性)とセックスできないからって金閣寺と心中しようとするなよ…しかも最終的に金閣寺だけ殺して「私」生き残ってるし…。現実の金閣寺が失われ、「私」の思い描く理念としての金閣寺が現実の金閣寺を超越(フィクションが現実を超越)した世界で「生きようと私は思った」のかしらん。
小説って色んな楽しみ方があるけど、一番のカギは誰でも良いから登場人物の一人に感情移入できるかどうか、その登場人物の視点で物語を追体験できるか否か、だと思う。主人公でも敵役でも脇役でも良い。その「誰か」を、私は『金閣寺』に見出すことができなかった。相性が合わないのかもね。残念。今度は他の三島作品もトライしてみよう。

*1:講談社文庫き39-4の752~757ページ(第6章)。

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最近作業用BGMの代わりにしているyoutuber、Manny Mua(マニー・ミュエイ)さん。なんと、まだ20代半ばなのだそうだ。若い…てか年下やんけ…。MaybellineとかMorphe(アメリカの化粧ブランド)ともコラボしてたりするメイクアップアーティストなんだけど、この人の動画の何が楽しいって、化粧への愛にあふれてるんだよね。化粧というか、自分が好きな対象への愛にあふれてるというか。私もこんな風に楽しく研究したい…。ちょいちょいファッキン言ってて口が悪いwんだけど、つい見ちゃうんだなこれが。ブルー系のアイメイクしてると、だんだんジョジョ2部のテキーラ娘に見えてくる。アメリカ系SNSメイクだから実生活でやるには濃すぎる(Full cover makeup + full eye makeup)ゆえ参考にするのは難しいものの、流行色とかブラシの使い方とか勉強になる。
英語のタイプとしては、割とニュートラルな英語なのかな? いわゆる「英語」というか、純ジャパの人がまっ先に思い浮かべるタイプのアメリカ英語だと思う。Rの音巻く系の。動画内で使われてる単語の数が割と限られてるから、英語のリスニング(単語の聴き分け)能力を上げたい人にもオススメ。

08232017

スコール君誕生日おめでとう! 10月にいたスト30thが発売されたらメインキャラで使うからね! BGM・SE再生ボイス消音でプレイする予定だけどフルボイス豪華じゃの~。スコールは声がついたら短気な熱血脳筋度が増したね…ディシディアのときのスカした感じはどこへいったの…。あとよく見たらククールのCV細谷さんだ…えええ…スコールやめてククール使おうかな…銀髪キャラあんまり好きじゃないけど。
近々欧州に行くんで必要な道具をちまちま調べたり揃えたりしてるんだけど、もの凄いペースでお金が減ってゆく…思いついたものを思いついたときに、ってやりかたがいかんのかしらん。近々購入しようと考えてるのはコンセントの変換アダプタと爪切り。これがまた地味に高い…けど必需品だから仕方ないよね。あと、図書館で借りてる本を返却せねば。これは明日か明後日に済ませたい。

08222017-2

引き続き、三島由紀夫金閣寺』を読んでいる。現在160ページ前後のところ。
「私」の友達の柏木の恋愛観というか、恋愛理論?がよくわからない。肉体的な性欲と精神的な愛情とを同一視しすぎではなかろうか。性欲と愛情は理論上乖離可能だし、必ずしも一致している必要はない。三島は物事を白黒はっきり分けようとしすぎるんじゃなかろうか。たとえば『仮面の告白』は、主人公の男が自分の性的指向異性愛なのか同性愛なのかで苦悩する話だけど、男も女も好きになるってことは両性愛とかバイセクシャルなのかなあ、みたいな緩さがない。もっとも「自分は異性愛者ではない」ってだけですごくストレスだろうし、家族に説明したほうが良いのか悪いのかとか、友達に対して自分を偽る罪悪感のことを考えたら全然「緩い」ことはないと思うんだが。昔と現代とで時代の違いのあるしね。うーむ。とりあえず、肉体と精神の不一致について考えながら読み進めていこう。時代の違いといえば、柏木が自分の脱童貞秘話を語る際に出てくる六十余歳の女性との関係、完全にレイプじゃんオエーッて引いた。