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Hazelnut latte

with a tsp of honey

『シン・ゴジラ』:幻想は幻想のままにしておくべきか?

ネタバレ注意
for 『シンゴジラ』(2016)

ネタバレってほどのネタバレもないんですけれど、簡単に。

日本のドラマあるあるの芝居がかった(舞台がかった?)ギトギト演技がほぼなく、セリフも場面も小気味いいテンポでさくさく展開するストレスフリーな映画でした。正体不明の巨大生物が関東圏でばっほばっほのたうちまわってるので当然っちゃ当然なんですが、それなりに駆け足で話が進みます。

初期の段階で俳優陣の豪華さに脳震盪を起こしてたのでもうこりゃあひと安心だわいとソファでごろ寝して観てたんですが、うん。石原さとみが……っていうか、石原さとみを起用したのはぶっちゃけ判断ミスだと思う。純ジャパが純ジャパ認定する純ジャパ好みの純ジャパ的容姿だよね……純ジャパの日本人の外見で日本語も英語もそれなりに話せる俳優を使うなら、石田純一の娘・すみれか祐真キキ(ヒーローズ・リボーン等に出演)あたりが妥当だったんではないかと。

※ここでいう「純ジャパ」は、日本産まれ日本育ちのザ・日本人って外見で、海外には旅行でしか行ったことがない、もしくはパスポート自体作ったことがない人を想定してます。「外国人」と聞いてまず想像するのは金髪碧眼で英語を話す「ガイジン」で、中国人とか韓国人とか、フィリピン人とかナイジェリア人とかチリ人とかロシア人とか、指摘されてからじゃないと思いつかないタイプの人。

石原さとみが日系三世を演じている、と聴いたのは『シン・ゴジラ』が公開される前だった。まず疑問に思ったのが、英語のレベル。次に気になったのが、純ジャパがアメリカ生まれアメリカ育ちの日系人を演じることについて。ピクシブでタイバニの二次創作を漁ってたときから、虎徹さんがさも純ジャパであるかのような描写をあっちこっちで目にしていたので(てか公式アニメの次回予告でもそんな扱いだし)、純ジャパの人って日系人のことよく知らないんだろうなって思ってたのね。そういう私も日系人のエキスパートってわけではないけど、少なくとも日常会話レベルで使う英単語やフレーズを知らなかったり、アメリカ生まれアメリカ育ちのネイティブなら知らないはずがない一般常識を知らずに「バニーちゃん、物知りだな!」って褒める虎徹さんの描写はさすがに奇異だと思うし、それ、虎徹さんが知らなかったんじゃなくて作者の貴方が知らなかった(&珍しがった)だけでしょ? と小説やら漫画やらの投稿者にツッコミ入れたくなったりするわけです。現実はそっとじブラウザバックなわけだけども。要は自分と同じ「日系」ってだけで、純ジャパも外国で生まれ育った日系人も全部「日本人」扱いしちゃう問題ですね。

で、この日系人の描写云々とはまた別の問題なんですが、帰国子女をガイジン扱いするっつークソカルチャーが日本の小学校やら中学校やらにはありまして、大学受験で英語が勉強必須になってくるとこのクソカルチャーは緩和されるんですが、私はちょうど帰国子女の数が増える前&海外ホームステイが流行る前の帰国組だったのでこのクソカルチャーの恩恵というか、被害を受けた記憶が多々あります。英語の授業の時に純ジャパ式英語の発音で発音しないのを馬鹿にされたりとかね。これがどこか海っぺり山っぺりの電車が一日に三本しか来ないようなド田舎ならまだ諦めもつくんですが、予定の電車に乗り遅れても5分以内には次の電車が来るような東京都の私立校ですらこの有り様だったので、純ジャパの「え~? そんなことないよ~! たまたまダメなクラスに当たっちゃっただけじゃないの~?」って世迷言は信用しないことにしています。つい数日前にツイッターで、ヘアサロンのお客さんがスタッフ(高校時代のいじめの加害者)に「あんたは自分のやったこと忘れてるだろうけど、私は一生許さない!」って激怒・お金払って立ち去った話が大量RTされてましたが、だいたいあんな心境です。当事者は往々にして自分のやったことを忘れてるし、傍観を決めこんでいたサイレント・アビューザーも自分たちが黙って傍観することでいじめを容認してたことなんか忘れてるんですよ。なんにせよ、貴方の学校で本当に帰国生いじめがなかったのならそれはそれで良いことです。

話が過去の個人的な恨み言に逸れましたが、逸れたついでにもう一つ。大学生・社会人になると、今度は「海外在住経験」なるものに対する羨望と嫉妬のようなものが一部の純ジャパの方々に見受けられまして、やたらと「えっ、すごいねー! ちょっと英語で自己紹介してよ」と見世物パンダにされるか、何かにつけて「お前は日本の常識が分かってないな」と勝手に劣等感に苛まれている諸先輩方の自尊心を満たすためのサンドバッグにされます。これがどこぞのFランと馬鹿にされているような大学ならさもありなん、と諦めることもできるのでしょうが、首都圏のAランク大学ですらこの体たらくなので以下略。親の仕事でしたくもない転校を迫られ言葉の通じない異国の学校に放り出された挙句現地の生活に慣れたと思ったらまた転勤で別の地へと引きずり回される生活が苦痛でなければ帰国生になるのも悪くないよと放言できますが、現実問題、現地校と日本人学校の簡易版ダブルスクール状態だわ宿題大量にこなさなきゃだわ覚えるべき言語の量も二倍だわなので「ヒトの苦労も知らんと呑気なこと抜かしよってからに…」が本音ですね。摩訶不思議な力でいつの間にやらバイリンガルになったんじゃなくて、必死こいて勉強した賜物なんですけどね。ええ。どうもそのへんの想像力がモノリンガルな純ジャパの皆々様方に置かれましてはお働きになりませんようで。はあ。

(とはいうものの、「純ジャパ」といっても人それぞれなんですよね。分かってくれない人もいるけど、分かってくれる人もいる。大人になってからの方が、分かってくれる人に出会う機会が増えたなぁ。あと妙な羨望やら劣等感やらを向けてこない、それこそフッツーに普通の対等な人間として接してくれる人が増えた。ほんと、歳を取って良かった)

また話しが脇に逸れました。カヨコ・アン・パタースンの話でしたね。

石原さとみの起用は明らかに人選ミスだって話ですが、ざっくり言って問題点は2つです。

1:純ジャパの演じる日系人は、所詮純ジャパの想像するガイジンとしての日系人像の域を出ない。妄想の域を出ない、と言い換えても良い。

2:緊急事態で少しでも時間を節約&議論を進めたい設定なのに、一回聞いただけでは何を言ってるのか分からない英語なのでイライラする。(ネイティブの発音を再現できない問題)

 

1に関しては「ホワイトウォッシュ問題」と言えば通じると思います。通じない人は自分で調べてください。

シンゴジラは「ホワイトウォッシュ」ならぬ「純ジャパウォッシュ」の映画で、アメリカですでに活躍している日系アメリカ人の俳優にオファーを出してカヨコ役を演じてもらえばいいものを、わざわざ純ジャパの俳優にアメリカ人の役をやらせています。米軍基地の軍人や海外からの派遣調査団にはちゃーんと英語の話せる白人俳優(黒人やヒスパニック等の非白人系はいない…)を起用しているにも関わらず、です。んで、前述した個人的恨みつらみとも関わってくるんですが、「Where's ZARA?」の「空気の読めない自分勝手な」カヨコ像って、まんま純ジャパの考える「空気の読めない自分勝手な」帰国生像とほとんど変わらないんですよね。もしこれが石原さとみじゃなくてベッキーとかホラン千秋とか、白人と日本人のハーフの俳優だったら、こういうセリフは言わせないと思うんですよ。あの場で「Where's ZARA?」がトンチキ発言だってのは誰が見ても明らかだし、アメリカ人役の白人系俳優にこんなアホなセリフ言わせたら「おまえアメリカ人馬鹿にしてんの?」って言われても当然だと思うんだけど、あらふしぎ。純ジャパ顔の石原さとみが「Where's ZARA?」って言うと、途端に笑いを狙った「ギャグ」ってことになるんですね……。ギャグの構造としては「空気の読めない自分勝手な」ガイジンが場にそぐわない発言をして観客を笑わせる、ってもはやギャグとしてすら機能しないレイシズムに満ちたシーンなわけですが、演じてるのが石原さとみだから一瞬「空気の読めない自分勝手な」帰国生の発言っぽくてギャグに見せかけられると思われてるようで……おえっ。あるいは、いっそガイジンとか帰国生とか抜きにして「空気の読めない自分勝手な」若い女、ってことでも良いかもしれませんね。こんな非常時ですら若い女は自分の服の汚れだの着替えがないだのファッションのことしか考えてない、みたいな。

2に関して。ネットで検索すると「石原さとみの英語は普通の日本人よりうまい!下手くそとか言って馬鹿にしてるのは外国かぶれの発音厨だけ!」みたいな話を見かけるんですが、いやー日系アメリカ人の役をやるのに「普通の日本人よりうまい」レベルじゃ全然ダメダメでしょ…交換留学で渡米してる日本人学生役ならいざ知らず……。

実は映画を観る前に石原さとみのインタビュー記事を読んで、すごく真面目に役作りに取り組んでいるのは知ってたので、石原里美の英語力には期待してたんですよ。で、ほぼ想定通りのレベルではあったんですが、どう考えても英語ネイティブの日系アメリカ人のレベルではない。アメリカで日系人がどういう扱いを受けてきたか、ということも考慮すると、カヨコのような純ジャパな容姿を持った日系三世が「大統領特使」なんて要職に就けるのかすらも怪しい……「父は上院議員で名家の出身」かつ大統領特使に任命される立場で「40代で大統領職に就くことも考えている政府要人」であるならば、カヨコは「祖母一人だけが日本人で他の親族は全員白人系」でなければ説明がつかない(そうなると「日系」とレッテルを貼ることすらおこがましい気もするが…)。アメリカは1945年の終戦後もしばらく日本人の移民流入を法律で禁止していて、当時アメリカに移り住めたのは米軍兵士と結婚した日本人女性にほぼ限られていたんですね。1940年代後半と言えば、カヨコの祖母が結婚・出産してるくらいの時代だと思います。戦前からアメリカに住んでいた日系移民は戦時中は収容所に隔離されていたし、戦後は戦後で厳しい人種差別に苦しみながら白人がやりたがらない仕事、俗にいうmenial laborで生計を立てる人々が中心だった。そんな状況で、カヨコの父が上院議員になれるはずもない。「名家の出身」も何もないわけですよ。だいたい「名家」ってなんだ? 祖母の祖先が公家か皇族だったとか??

で、発音の話に戻りますが、カヨコの政界での立ち位置やら親族の設定やらを考えると、石原さとみのザ・純ジャパな外見にそもそも無理がある。仮に二親等以内の親族は全員日系ですって設定を看過して、日系人の話す英語に「日系人特有の訛り」があったとしても、どう考えても石原里美の英語力では太刀打ちできないんですよ。「そこらの純ジャパよりちょっと上手い」レベルの英語力では。なぜなら、その「日系人特有の訛り」を再現できていないからです。だから「訛りのない英語なんてないんだ!」って見苦しい言い訳を見るたびに、えぇええ…と思うわけです。石原さとみの英語は、発音・呂律・会話のスピードといった点で「カヨコ・アン・パタースン」という英語ネイティブの日系アメリカ人を演じるのに不適格なので。

ほんと、カヨコ役でなければなぁと返す返すも残念に思います。

厳密に言えば、石原さとみの英語力・演技力の問題ではなくて、キャストの人選担当、演出担当の側の問題なんですけどね…以下、上記に書き忘れたことをちらほらと。

カタカナ語をなんでもネイティブ風の発音にすれば「日本語を喋ってるガイジン」になると思ったら大間違い(例:パーセントがpercent)
・なぜか独り言が日本語(おいおい英語が母語なんじゃないのか)
・一発で何を言ってるのか分からない発話形態はネイティブとして発音がどーのこーの以前に映画のシーンとしてまずい。
・飛行機内(?)で「40代で大統領目指す云々」の話をしてるときの会話スピードが遅すぎる。純ジャパが会話に参加してない状態でネイティブ同士があんなにゆっくり喋るのは明らかに変。大学受験のリスニング問題かよ。石原さとみの会話スピードの遅さを誤魔化すために、相手役の人に超低速で話してもらってるのが見え見え。

それから『シン・ゴジラ』の日系アメリカ人表象とは一切関係ないんですが、冷凍されたゴジラゴジラが動き出したら3000有余秒で国連軍が即座に攻撃ってあれ、国連憲章敵国条項のこと指してるんですかね? ゴジラの攻撃で東京界隈が瓦礫の山になるの、第二次世界大戦中の東京大空襲のトラウマ追体験っぽいな~と思ってたんですが、ゴジラは日本そのものなのかな…