Matcha frappuccino

with a shot of espresso

08222017-2

引き続き、三島由紀夫金閣寺』を読んでいる。現在160ページ前後のところ。
「私」の友達の柏木の恋愛観というか、恋愛理論?がよくわからない。肉体的な性欲と精神的な愛情とを同一視しすぎではなかろうか。性欲と愛情は理論上乖離可能だし、必ずしも一致している必要はない。三島は物事を白黒はっきり分けようとしすぎるんじゃなかろうか。たとえば『仮面の告白』は、主人公の男が自分の性的指向異性愛なのか同性愛なのかで苦悩する話だけど、男も女も好きになるってことは両性愛とかバイセクシャルなのかなあ、みたいな緩さがない。もっとも「自分は異性愛者ではない」ってだけですごくストレスだろうし、家族に説明したほうが良いのか悪いのかとか、友達に対して自分を偽る罪悪感のことを考えたら全然「緩い」ことはないと思うんだが。昔と現代とで時代の違いのあるしね。うーむ。とりあえず、肉体と精神の不一致について考えながら読み進めていこう。時代の違いといえば、柏木が自分の脱童貞秘話を語る際に出てくる六十余歳の女性との関係、完全にレイプじゃんオエーッて引いた。